ご注意:本記事の掛軸の作成方法は、今回の掛軸を作るにあたって行ったものですので、『これが正しい手順・方法』ということではありません。これは、今回のメイキング記事を含めたこのウェブサイトに載せている全ての記事に共通することです。ご理解、ご了承ください。
必ず免責事項をご覧ください。→『免責事項』へ。
◆はじめに◆
掛軸は、おおまかには次の工程を経て作られます。まずは、作品と対面して仕上がりイメージを想像します。それから表装形式(掛軸にするか額装にするか)を決めて、布などの材料選びと各部分の寸法を決めます。その後は、裏打ち、付廻しなどの専門的な工程を経て掛軸が完成します。今回の掛軸もこの流れで作りました。どうぞご覧ください。
<掛軸を作る流れ>
1.作品との対面
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2.仕上がりイメージの想像と表装形式(掛軸、額など)の決定
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3.布や軸先など意匠に関する材料の決定
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4.各部分の寸法の決定
↓
5.肌裏の準備
↓
6.肌裏を入れる(一回目の裏打ち)
↓
7.増裏の準備
↓
8.増裏を入れる(二回目の裏打ち)
↓
9.付廻し(『切り継ぎ』とも言います。ここでやっと掛軸らしい形になります。)
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10.耳折り
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11.天地の寸法決め
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12.総裏の準備
↓
13.総裏を入れる(三回目の裏打ち)
↓
14.仮張り
↓
15.軸木と八双の準備
↓
16.軸木と八双の取りつけ
↓
17.座金(ざがね)と鐶(かん)の取りつけ
↓
18.紐の取りつけ
↓
19.完成
【注:風帯に関する工程を除けば、掛軸は大まかにはこのような工程を経て作られている、と思っていただいて大丈夫です(今回は風帯が付いていない形式の掛軸です。)】
*:「7.増裏の準備」以降の記事は、現在編集中です。しばらくお待ちください。
1.作品との対面
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図1 大津絵 |
掛軸の作製は作品と対面するところから始まります。今回の作品はこちらの『大津絵』(図1)です。大津絵は滋賀県大津市で江戸時代初期から名産としてきた民族絵画のことです。画題にはいろいろなものがあって、東海道を旅する旅人たちの間の土産物・護符として知られていたそうです。
まずはこの作品を元にどんな表具・仕上がりにするのかイメージを膨らまします。いろいろ悩んだ末に月夜の空にお殿様(!?)が舞っているような掛軸にしようと決めました。掛軸にしたのは、単に私が掛軸の勉強をしたかったことと、仕上がりイメージが掛軸のほうが額よりもシックリときたからです。
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図2 デザイン表具の例 |
図3 出品した掛軸 |
さて、イメージが固まり、表具の方法を掛軸に決めたので、次は掛軸の形式を決めます。掛軸の形式にはさまざまなものがありまして、仏表具、茶掛け、丸表具、デザイン表具(図2)などなど、他にもたくさんあります。どんなものがあるかは参考までにこちらをご覧ください。→
『掛軸の仕上がり形式の例』
今回はフォーマルな形式を気にしない表現をしたかったので、デザイン表具(図2)にすることにしました。デザイン表具とは、伝統的な従来の形式(仏表具、茶掛け、など)にとらわれない形式の掛軸を指します。そして、今回私が出品させていただいた掛軸はこちらです(図3)。今回は、作品を大きく見せたかったので
台張仕立にしました。
≪デザイン表具について≫
今回作る掛軸はデザイン表具なのですが、一口にデザイン表具と言ってもさまざまなデザイン(構図)があります。デザイン表具は従来の表装形式(仏表具、茶掛けなど)にとらわれずに作り手が自由にデザインを決めていくものです。既存の表装形式を気にしなくていいということは、新たな表現方法を使うことができます。
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図4 丸表具の例 |
図5 今回の掛軸 |
今回は丸表具をベースにした
台張仕立のデザイン表具にしました。
≪丸表具について≫
丸表具は、作品(字や絵のかかれた部分、本紙とも言います)のまわりに、一文字の布を除いて一種類の布を使って作られます。文章だとわかりにくいですね・・・。図4の『丸表具の例』でいいますと、作品のまわりを囲むねずみ色の部分が『天地(上下)』と『柱』と呼ばれる部分で、一種類の布でできています。そして、作品の上下部分についている金色に見える布が一文字と呼ばれる部分です。丸表具にはいくつかのバリエーションがありますが、詳しいことは紙面の関係で割愛します(『上下(天地)』、『柱』、『一文字』の図説はこちら→
『図説』。図説は丸表具とは異なりますが、なんとなく伝わりますでしょうか。)。
≪
台張仕立について≫
台張仕立というのは、作品を作品よりも大きな紙に押し、それを作品寸法として掛軸を作ることをいいます。作品寸法が小さい場合や方形でない作品に用いられることが多いようです。これも文章だとわかりにくいですね・・・。今回作った掛軸でいうと、作品と布の間にある黄土色の部分が台になる紙です(図5)。
3.布や軸先など意匠に関する材料の決定
掛軸の意匠に関する材料はいろいろとあるのですが、本項では今回の掛軸で主役になった『布』、『軸先』、『筋』、『台紙』を紹介します(掛軸の上部にある『月と雲』の材料に関しては、『付廻し』の項目で紹介します。)。
3-1.布の決定
出来上がったの掛軸のイメージを想像しながら使う布を選んでいきます。今回は丸表具の一文字付きをベースにしますので、『まわりを囲む布(天地と柱)』と『一文字の布』の二種類の布を選びます。まずは『まわりを囲む布(天地と柱)』を選びます。月夜をイメージしているので、それに近いものを探すと・・・(図6、図7)。イメージに近い布がありました。
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図6 『まわりを囲む布(天地と柱)』の選択① |
図7 『まわりを囲む布(天地と柱)』の選択② |
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図8 選択した布の拡大 |
図6の右から二つ目の布です。模様が雲のように見えて、色も薄く黄色味を帯びており月明かりが照っているように感じます。光沢も適度にあります(図8)。
次は『一文字の布』を選びます(図9)。掛軸の仕上がりイメージから、可愛くておめでたい柄の布が欲しかったのですが。イメージに近い布を探した結果、図8の左から二つ目の布を選びました。柄はお花とウサギの組み合わせです。なんともかわいいですね(図10)。
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図9 『一文字の布』の選択 |
図10 選択した布の拡大 |
これで今回の掛軸に用いる「基本的」な布選びが終わりました。次は更に完成のイメージに近づけるべく、軸先などほかの材料を選んでいきます。余談ですが、今回作った掛軸の上部にある満月と雲のデザインは布で作ってあります。「基本的」といったのは、この部分は普通の丸表具ではありえないからです。これが今回の掛軸の『デザイン』の一つです。ですので、この部分の布選びは別枠(付廻しの回)で掲載します。
3-2.軸先の決定
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図11 軸先 |
軸先は掛軸の中では小さな存在ですが、掛軸のアクセントになる大切な部分だといわれています。それだけにバリエーションに富んでいます。ちなみに、軸先は装飾以外にも役割があって、掛軸を巻くときに持つ部分となります(図11)。
軸先の素材にはさまざまなものがあります。ざっと見てみましょう。
①獣類の骨材・・・象牙製(高級品!)、牛骨製、鹿の角製、など。
②木材・・・黒檀(図12)、紫檀(図13)、花梨(カリン)、など。
③塗物材・・・黒塗り(図14)、朱塗り(図15)、など。漆塗りも含まれます。
④焼物材・・・清水焼(図16)、など。各種陶磁器。
⑤金属製・・・金銅(こんどう)、銀、銅、真鍮、など。
⑥石材・・・水晶、メノウなど。
⑦合成樹脂材・・・水晶代用など。
⑧その他・・・竹材。
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図12 軸先(黒檀) |
図13 軸先(紫檀) |
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図14 軸先(輪島塗艶有) |
図15 軸先(朱塗艶消) |
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図16 軸先(清水焼) |
さて、①から⑧は軸先の素材ですが、軸先の形状はといいますとこれまたいろいろとあります。円柱形のもの(
頭切)、八角形の柱状のもの(八角)などなど・・・、ここでは紹介しきれません。また、素材や形状によって使われやすい掛軸の形式や使われにくい掛軸の形式が存在します。
さらに、軸先には8.5分や9分などのサイズがあります。軸先のサイズは軸先の直径のことです。1分は約3.03 mmなので、軸先の直径は8.5分なら約25.8
mm(図17)、9分なら約27.3 mm(図18)になります。
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図17 軸先(直径8.5分(約25.8 mm)) |
図18 軸先(直径9分(約27.3 mm)) |
並べてみるとこのような感じです(図19、図20)。下の写真中の軸先は、左が9分、右が8.5分。
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図19 軸先の裏側(左:9分、右:8.5分) |
図20 軸先の表側(左:9分、右:8.5分) |
今回は月夜をイメージしているので、軸先の色は黒系かダーク系の色付きのものにしようと思っていました。いろいろ物色したのですが、黒塗り艶有りの輪島塗が最もシックリきました。表面はツヤツヤのスベスベです。軸先の形はシンプルなものが欲しかったので、頭切(ずんぎり)を選びました。サイズ(直径)は8.5分です。9分だと掛軸の仕上がりサイズに対して太いような気がしたので・・・。ということで、最終的には輪島塗艶有の8.5分にすることにしました(図14)。
3-3.筋の決定
今のところ、『天地(上下)と柱に使う布』、『一文字に使う布』、『軸先』の三つの材料が決まりました。今回は作品の周りにつける『筋(すじ)』を選びます。筋は使いどころを間違えなければ、掛軸を豪華にしたり重厚さが増したりといったプラスの効果があります(図21、図22)。
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図21 筋の例(仏表具) |
図22 筋の例、拡大(仏表具) |
さてさて、本題に戻ります。掛軸の仕上がりイメージは『月夜の空にお殿様(!?)が舞っているような感じ。』です。今回はこのイメージを表現するために筋(すじ)を付けることにしました。今回の掛軸では写真の銀色の線が筋(銀筋)になります。筋をつけると作品の四方を囲むことになるので、『華やかに見える反面、作品の動きを閉じ込めてしまうのではないか・・・』とかなり悩みましたが・・・。結局、筋の太さを細くすることで何とかうまくいった気がします。(図23)
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図23 今回作った掛軸 |
図24 左側が銀筋のもと、右側が金筋のもと |
ちなみに、金色の筋だと一文字の柄の色とかぶるし、ゴージャスすぎる気がしました。それ以外の色だとイマイチしっくりこないなぁ、といった感じです(図24)。図24では金色も銀色も既に筋っぽい形をしていますが、これはたまたまこんな形をしています。筋は、すでに成形されたものとして図24のような形になっている場合もありますし、裏打ちされた筋に使う材料(金、銀、布など)を写真のような形にカットして使うこともあります。
3-4.台紙の決定
今回の掛軸は台張仕立なので、台の紙が必要です(図5)。台の紙には『二番唐紙(にばんとうし)』と呼ばれる紙が使われることが多いです。私も今回これを使いました。なかなか侘びた味のある紙質です。
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図25 二番唐紙 |
図26 二番唐紙(拡大) |
ここまでで、『布』、『軸先』、『筋』、『台紙』の選択が終わりました。次は今までに選んだ材料を実際に組み合わせて、掛軸の各部分の寸法を決めていきます。
4.各部分の寸法の決定
実際に掛軸が仕上がったときのように材料を配置して組み合わせてみます。これが今回の作品と選んだ材料です(図27、図28、図29、図30、図31、図32)。
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図27 大和絵(作品) |
図28 天地・柱の布 |
図29 一文字の布 |
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図30 軸先 |
図31 銀筋(左側) |
図32 台紙(二番唐紙) |
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図33 材料を組み合わせたところ |
これらの材料を組み合わせるとこのようになります(図33)。ここでは完成した時の掛軸全体像をイメージして、まずは材料の色使いや質感がこれで良いかを確認します。もし、この時点で自分のイメージと違っていれば、もう一度材料を選びなおします。なんとなく仕上がりイメージの『月夜の空にお殿様(!?)が舞っているような感じ。』に近付いてきた気がします。
次に、作品を二番唐紙に押す(張る)位置、作品を押した(張った)二番唐紙の大きさ、柱の太さ、一文字の太さ、筋の太さ、などの細かい部分を決めていきます。伝統的な形式の掛軸には、掛軸の形式ごとに『わりつけ寸法』なるものが存在します。いわゆる『茶掛けなら柱の太さは○分が良い』とかいった類のことです。ただ今回はデザイン表具なのであまり固いことは考えず、見た目でバランスの良い寸法を決めました。そうは言っても、各部分の寸法はイチから決めたのではなく、行の行という形式の掛軸で、台張仕立に用いられるわりつけ寸法を基にして決めました。(表具の形式については、別の記事で紹介します。)
いろいろ材料の位置を動かしてみた結果、各部分の寸法は次のようになりました(図34、図35)。天地の寸法はまだここでは決めません。これは総裏の工程で決めます。
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図34 材料をいろいろ動かしているところ |
図35 掛軸の各部分の寸法 |
なお、銀筋は3厘(約0.90 mm)にしました。参考までに寸、分、厘は以下のようになります。
1寸 = 約3.03 cm、1分 = 約3.03 mm、1厘 = 約0.30 mm
次は肌裏(一回目の裏打ち)の準備に入っていきます。
5.肌裏の準備
前回までで、掛軸の意匠に必要な材料の選択と各部分の寸法決めが終わりました。ここからは、裏打ちをやっていきます。裏打ちが「???」な方はこちらをご覧ください。→
『掛軸の作製工程』
今回は一回目の裏打ちなので『肌裏』と呼ばれる裏打ちになります。早速裏打ちの準備に取り掛かりましょう。まずは肌裏に使った材料と主な道具を書き出してみます。
<肌裏に使った材料と主な道具(図36)>
1.肌裏(裏打ち)されるもの。ここでは布と二番唐紙。
銀筋と作品は分厚かったため、肌裏を行いませんでした。)
2.裏打ち紙(美濃紙)
3.糊
4.シュロ刷毛、打ち刷毛、糊刷毛(『刷毛』は『ハケ』と読みます。)
5.スプレー
6.へら紙(図37、あとの回で紹介します。)
7.仮張り(あとの回で紹介します。)
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図36 裏打ちの道具 |
図37 へら紙 |
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図38 裏打ち紙、布と二番唐紙を切り出したところ |
まずは裏打ちされるもの(布と二番唐紙)、それと裏打ち紙の準備です。これがなければ裏打ちが始まりません。早速それぞれを切り出してみました(図38)。裏打ち紙は何種類も存在し、各種類の中に数種類の紙の厚みが存在します。肌裏には『美濃紙』と呼ばれる種類の紙がよく使われます。裏打ち紙の厚みは、裏打ちされるもの(布や紙)の硬さや厚みによって使い分けます。
では材料も揃ったことですし、肌裏に取り掛かりたいところですが、実は下準備があるのです。布(特に柄モノ)の肌裏の場合、この一手間を惜しむと仕上がりに天と地ほどの差が出ます。
≪一手間かけます◆柄合わせ◆≫
柄のある布の場合は、肌裏前にキチンと柄合わせを行わなくてはなりません。柄のいがんだ掛軸なんて見たことないですよね。また、一般的に、布は下準備なしに肌裏を行うことはありません。布は糊の水分が浸透することによって伸びて、乾燥するときに伸びた布が縮む性質があります。これによって、肌裏後にシワが生じることがあります。このことを防止するために、肌裏前に十分な水分を均一に布に行き渡らせて乾燥させます。すると肌裏後のシワは生じなくなります。これを『縮みをとる』などといいます。
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図39 柄合わせ前(天地・柱の布、柄がいがんでます) |
図40 横のラインを柄合わせているところ |
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図41 柄合わせ後(横の柄が揃いました) |
図42 柄の縦のラインを合わせているところ |
柄合わせは縦横ともに、きれいに柄のラインが揃うまで何回もやります(図39、図40、図41、図42、図43、図44)。ここでの柄合わせは、文字通り仕上がりに直結します。かなりのシビアさが求められます。
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図43 一文字の布の柄合わせ(横のライン) |
図44 一文字の布の柄合わせ(縦のライン) |
柄合わせを済ませたら、スプレーで布に十分に水分を行き渡らせて、しっかりと乾燥させます。これで肌裏後にシワが生じることを防ぎます(縮みをとる)。余談ですが、この工程を行うと『布の目が締まって柄がズレにくくなる』、といった良い効果も得られます。
さて、ここまでで肌裏を行う布と裏打ち紙の準備は整いました。次回からは肌裏を行います。
6.肌裏を入れる(一回目の裏打ち)
前回あたりから話が少し専門的でややこしい部分がありますが、大丈夫でしょうか。前回までで、肌裏を行う布と裏打ち紙の準備が整いました。裏打ちが「???」な方はこちらをご覧ください。→
『掛軸の作製工程』
今回は肌裏を行います。
≪肌裏の主な手順≫
①裏打ち紙に糊を均一につける。
②裏打ちしたいもの(布や紙)の裏面に、糊を均一に付けた裏打ち紙を乗せる。もしくは糊を均一に付けた裏打ち紙を乗せながらシュロ刷毛で撫でる。
*『刷毛』はハケと読みます。
③シュロ刷毛で撫でる。
④仮張りにかける。
といった流れです。どういったものを裏打ちするかによって、操作が若干変わってきます。書いていて思いましたが、文字で書くと簡単です。しかし、実際にやってみると肌裏(裏打ち全般)はかなり難しい作業です。
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図45 シュロ刷毛で撫でているところ (ここで撫ですぎると裏打ち紙が毛羽立つ) |
なぜかと言いますと・・・。濡れた薄い和紙は、慎重かつ丁寧に取り扱わないと破れてしまうくらいに脆いです。裏打ちではそのようなナイーブなものを刷毛で撫でるのですが、不用意に撫でると紙が毛羽立ちます(図45)。また、糊の付いた裏打ち紙を布や紙の裏面に乗せるのですが、その時に時間がかかってしまっては、糊が乾いてしまいます。そうなると裏打ち紙が布や紙にちゃんと密着せず、裏打ちが浮きます(要するに失敗です)。あと、糊が布や紙の表面に付くと、その部分がシミになって残ります。そんな具合なので、裏打ちにはかなり神経を尖らせて臨みます(細かい話をすると注意点はもっとあります)。
6-1.天地と柱の布の肌裏
上で述べたことを踏まえて、今回は天地と柱の布の裏打ちをします。
≪天地と柱の布の肌裏に使った、材料と道具(図46)≫
●肌裏(裏打ち)されるもの(天地と柱の布)
●裏打ち紙
●糊
●シュロ刷毛、糊刷毛
*『刷毛』はハケと読みます。
●へら紙(仮張りから剥がすときにへらを差し込むための紙、本文下部の
『オマケ1』参照)
●仮張り(裏打ちしたものを乾かすために張り付ける板、本文下部の
『オマケ1』参照)
*写真中の『打ち刷毛』と『スプレー』は今回は使いません。
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図46 肌裏(裏打ち)の道具 |
裏打ちの注意点(上述の『裏打ち紙を毛羽立たせない』など)を意識して、肌裏をしました。
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図47 裏打ち紙に糊をつけているところ(②) |
<◆布(天地と柱)の肌裏(裏打ち)の手順◆>
①.柄合わせをして縮みをとった布の裏側が手前に向くように置きます。
②.裏打ち紙に糊をムラなく均一につけます(図47)。
③.②を①の上に乗せます(これが相当難しい)。
④.シュロ刷毛で撫でます(図48)。
⑤.へら紙をつけて仮張りに掛けて乾燥させます(図49)。
肌裏した布が張り付けられている茶色い板が仮張りです(図49)。仮張りにかけた状態で十分に乾燥させます。
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図48 シュロ刷毛で撫でているところ(④) |
図49 仮張りにかけた肌裏済みの布 |
<オマケ1>
●仮張り…仮張りは裏打ちしたものを張り付けて乾かして、きれいにピンと張らせるために使う板です(図50、図52、図53、図54の茶色い部分)。仮張りにものを張り付けて乾かす(これを『仮張りにかける』と言う)ときは、仮張りにかけるものの四方の辺に糊をつけて仮張りに張り付けることが多いです。そうすると、四方の辺は糊で仮張りに固定されますが、そこ以外は仮張りから浮いた状態になります。この状態で十分乾燥させることによって、濡れている紙や布が乾いてきれいにピンと張ります。仮張りには裏打ちしたものが直接触れるので、裏打ちしたものが汚れないように木のアク等の汚れが出ない清潔で平らなものを使います。
●へらとへら紙…仮張りにかけたものは、『へら』という道具を使って仮張りからはがします(図51)。この時に、『へら紙』はへらを差し込むための取っ掛かりの役割を果たします(図50、図52、図53、図54)。へら紙をつけておくことで、へら紙と仮張りの間にへらを差し込みやすくなります。逆に言うと、へら紙を付けずに仮張りにかけると、へらを差し込みにくくなります(裏打ちするモノによっては、ワザとへら紙を使わないときもあります)。
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図50 へら紙 |
図51 竹製のへら |
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図52 へらとへら紙 |
図53 へらをへら紙と仮張りの間に差し込む |
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図54 へらで仮張りからはがしていく |
<オマケ2>
裏打ち紙の種類はたくさんあります。また、特に和紙には『紙の目』というものが存在します。『紙の目』を考慮して紙を使わないと、掛軸の仕上りが悪くなります。実際の作業ではこういった細かいことを考慮して行っているのですが、今回はメイキング記事と言うことなので、こういった材料の特性などの説明をなるべく控えて裏打ちの方法からの視点でお話を進めています(特性の話をするとそれだけでたくさんの紙面が必要です)。紙の性質や特徴はまた別の機会にお話します。
6-2.一文字の布の肌裏
6-1では『天地と柱の布』に肌裏を入れました。なんとなく肌裏のやり方が伝わりましたでしょうか。今回は一文字の布の肌裏を行います。
一文字の肌裏に使った材料&道具です。一文字の布の肌裏には
『打ち刷毛』(図56)を使います。(⇒文末の『オマケ』を参照)
≪一文字の布の肌裏(裏打ち)に使った材料と道具(図55)≫
●肌裏(裏打ち)されるもの(一文字の布)
●裏打ち紙
●糊
●シュロ刷毛、糊刷毛、
打ち刷毛 *『刷毛』はハケと読みます。
●スプレー(今回は使いません)
●へら紙(仮張りから剥がすときにへらを差し込むための紙)
●仮張り(裏打ちしたものを乾かすために張り付ける板)
(へら紙と仮張りが『???』な方は
『6-1』をご覧ください)
*写真中の『スプレー』は今回は使いません。
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図55 裏打ちの道具 |
図56 打ち刷毛(うちばけ) |
<◆布(一文字)の肌裏(裏打ち)の手順◆>
基本的な手順は前回と同じですが、今回は
打ち刷毛を使って一手間かけます。
①.柄合わせをして縮みをとった布の裏側が手前に向くように置きます。
②.裏打ち紙に糊をムラなく均一につけます。
③.②を①の上に乗せます(これが相当難しい)。
④.シュロ刷毛で撫でます。
⑤.『打ち刷毛』で叩きます。
⑥.シュロ刷毛で軽く撫でます。
⑦.へら紙をつけて仮張りに掛けて乾燥させます。
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図57 打ち刷毛で叩いているところ |
今回のミソは打ち刷毛を使うところです。打ち刷毛は写真でご覧の通り、物を撫でるための道具にしては扱いにくそうですね。打ち刷毛は撫でるための刷毛ではなくて、文字通り『打つ』ための道具です。一文字の布は他の布と比べて凹凸の程度が大きいので、シュロ刷毛で撫でただけでは布(の裏面)と裏打ち紙とがしっかりとくっつきにくいのです。そこで、シュロ刷毛で撫でた後に打ち刷毛でトントンと叩くことで、布(の裏面)と裏打ち紙をしっかりと密着させるのです。打ち刷毛で叩くことによって、布の繊維や目に紙の繊維を食い込ませているイメージです。
打ち刷毛を使うと裏打ち紙が毛羽立つことが多いので、仕上げにシュロ刷毛で軽く撫でて毛羽立ちを抑えます。そして、仮張りに掛けて十分乾燥させます。
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図58 仕上げに撫でているところ |
図59 肌裏した一文字の布を仮張りにかけたところ |
次回は、二番唐紙の肌裏を行います。二番唐紙はその名の通り紙です。紙の裏打ちは布の裏打ちとは少し方法が違ってきます。
<オマケ>
本文中で「『打ち刷毛』は、一文字の布に肌裏を入れるときに使うことが多い」と書きましたが、この表現には語弊があります。本文中でも少し触れましたが、今回打ち刷毛を使った理由は、『一文字の布は他の布と比べて凹凸の程度が大きいので、シュロ刷毛で撫でただけでは布(の裏面)と裏打ち紙とがしっかりとくっつきにくいから』です。では、「一文字の布(例えば金襴)以外で、凹凸の程度が大きい布を肌裏する場合はどうするのか?」といった疑問が生じますが、その場合は打ち刷毛を使うことが多いようです。また、凹凸以外にも布裏面の目の詰まり方や繊維(糸)の表面状態によっても、布裏面と裏打ち紙との密着度は変化するみたいです。つまり、打ち刷毛はシュロ刷毛で撫でただけでは布の裏面と裏打ち紙がうまく密着しない可能性がある場合に使うことが多いようです。打ち刷毛の詳しい紹介は、紙面の関係上、別の機会に譲ります。
<メモ>
布の裏面の写真です(図60、図61、図62、図63、図64、図65)。一口に布と言ってもいろんな種類があります。「こんな感じの質感なのか」ということが伝われば幸いです。写真ではなかなか質感が伝わりにくいですが…。布の詳しいお話も別の機会に譲ります。
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図60 今回使った一文字の布(金襴) |
図61 金襴 |
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図62 金襴 |
図63 今回使った柄の布(民芸織) |
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図64 柄の布 |
図65 無地の布 |
6-3.二番唐紙の肌裏
6-1、6-2で『天地と柱の布』と『一文字の布』に肌裏を入れました。残るは『二番唐紙』の肌裏です。紙の肌裏の場合は、布の肌裏のときと違って裏打ちされる紙(ここでは二番唐紙)を皺無くきれいにのばしてから裏打ちする必要があります。皺がある状態で裏打ちすると皺が残ったまま仕上がるので、要注意です。
では、材料&道具です。
≪二番唐紙の肌裏(裏打ち)に使った材料と道具(図66)≫
●肌裏(裏打ち)されるもの (二番唐紙が『???』な方は、
「3-4.台紙の決定」をご覧ください)
●裏打ち紙
●糊
●シュロ刷毛、糊刷毛
*『刷毛』はハケと読みます。
●スプレー(今回は使います。)
●へら紙(仮張りから剥がすときにへらを差し込むための紙)
●仮張り(裏打ちしたものを乾かすために張り付ける板)
(へら紙と仮張りが『???』な方は
『6-1』をご覧ください)
*写真中の『打ち刷毛』は今回は使いません。
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図66 肌裏の道具 |
<◆紙(二番唐紙)の肌裏(裏打ち)の手順◆>
基本的な手順は今までと同じですが、今回は二番唐紙を皺無くのばさなければいけません。②と③がその工程になります。
①.二番唐紙の裏側が手前に向くように置きます。
②.スプレーで二番唐紙に適量の水を噴霧します。
③.シュロ刷毛で二番唐紙を皺無くのばします。
④.裏打ち紙に糊をムラなく均一につけます。(図67)
⑤.④を③の上に乗せながらシュロ刷毛で撫でます(相当難しい)。
⑥.さらにシュロ刷毛で撫でます。
⑦.へら紙をつけて仮張りに掛けて乾燥させます。
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図67 糊付け中 |
図68 肌裏を入れた二番唐紙を仮張りに掛けたところ |
上述の通り、紙の肌裏は布の肌裏と違って、紙を皺無くのばす必要があります。このとき、紙に水を含ませないと紙がのびてくれないのですが、この水加減が非常に難しいのです。その時の紙の状態によって、水加減を変える必要があります。また、濡れた紙は破れやすくなっているので、紙をのばすときのシュロ刷毛の撫で加減を間違えると紙を損傷する恐れがあります。そういったことに注意しながら二番唐紙の肌裏を行いました。『二番唐紙』が仮張りにかかっています(図68)。
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図69 仮張りで乾燥中 |
これで『天地と柱の布』、『一文字の布』、『二番唐紙』の肌裏が完了です。仮張りにかけて、しっかりと乾燥させます(図69)。
作業工程としてはこの後、『増裏』と呼ばれる二回目の裏打ちを行いますが、ここまでの工程でも結構ややこしいですよね。ということで、次回ではここまでの工程を振り返ります。「おさらいしなくても大丈夫だよ~♪」という方は小休憩ということで、「工程が複雑でややこしいなぁ~」という方は私と一緒に振り返ってみて下さい。
<メモ>
肌裏の項目は三回に分けてお送りしました。肌裏と一口に言っても、裏打ちされるものによって手法(バリエーション)がいろいろとあります。そして、肌裏の手法(バリエーション)は今回紹介したもの以外にも、たくさんあります。この記事で紹介した方法は、今回の掛軸を作るにあたって行ったものですので、『これが正しい手順・方法』ということではありません。これは、今回のメイキング記事を含めたこのウェブサイトに載せている全ての記事に共通することですので、そのあたりはご理解・ご了承ください。
◆小休憩◆
一気に肌裏(裏打ち)まで来てしまいましたので、今回は小休憩ということで、今までの工程をおさらいです。詳しくは各項目をご覧ください。
☆掛軸の各部分の名前が「???」な方はこちらへ。⇒
『掛軸の各部説明』
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図70 大津絵 |
1.作品と対面 今回のお題はこちらの『大津絵』です(図70)。
2.表装形式と仕上がりイメージを固める
今回は掛軸(台張仕立のデザイン表具)に決めました(図71、図72)。仕上がりイメージは「月夜の空にお殿様(!?)が舞っているような感じ」です。
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図71 デザイン表具の例 |
図72 作製した掛軸 |
3.布、軸先、筋の意匠に関する各材料の決定
仕上がりイメージを表現できるように、材料を選びました(図73、図74、図75、図76、図77)。
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図73 天地・柱の布 |
図74 一文字の布 |
図75 軸先 |
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図76 銀筋(左側) |
図77 台紙(二番唐紙) |
4.各部分の寸法の決定
選んだ材料を実際に組み合わせます(図78)。完成した時の掛軸全体像をイメージして、材料の色使いや質感がこれで良いかを確認します。イメージと違っていれば、もう一度材料を選びなおします。そして、材料が確定したら天地を除く部分(柱、一文字など)の寸法を決めます(図79)。なお、銀筋の太さは3厘(約0.90 mm)にしました(図80)。
(1寸 = 約3.03 cm、1分 = 約3.03 mm、1厘 = 約0.30 mm)
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図78 材料を組み合わせている
ところ |
図79 寸法の決定 |
図80 筋(仕上がり状態) |
5.布の柄合わせと縮みとり
布のいがんでいる柄をきれいに揃えます(図81、図82)。柄を揃え終わったら、スプレーで水分を与えたあと乾燥させて布の縮みをとります。
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図81 柄合わせ中 |
図82 柄合わせ中 |
6.布(天地・柱の布、一文字の布)と紙(二番唐紙)の肌裏(裏打ち)(6-1、6-2、6-3)
布(天地・柱の布、一文字の布)と紙(二番唐紙)に肌裏(裏打ち)を入れます(図83、図84、図85、図86)。裏打ちの方法は裏打ちされるものによって少しずつ異なります。
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図83 裏打ちの道具 |
図84 シュロ刷毛で撫でているところ |
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図85 打ち刷毛で叩いているところ |
図86 仮張りで乾燥中 |
ここまで、掛軸の完成までは三分の一まで行ったか行ってないかといったところです。今後は肌裏を入れたものに、『増裏』という裏打ちを入れます。増裏を入れたあとは、『付廻し』といって増裏を入れた布や紙を組み合わせて掛軸らしい形にします。(肌裏は一回目の裏打ち、増裏は二回目の裏打ちです。ちなみに、三回目の裏打ち(最後の裏打ち)は『総裏』といいます)
今後の予定もかねて、今回の作品対面から掛軸完成までの流れを書いておきます。赤い文字はメイキング記事で紹介した工程です。
<掛軸完成までの流れ>
1.作品との対面
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2.仕上がりイメージの想像と表装形式(掛軸、額など)の決定
↓
3.布や軸先など意匠に関する材料の決定
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4.各部分の寸法の決定
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5.肌裏の準備
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6.肌裏を入れる(一回目の裏打ち)
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7.増裏の準備
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8.増裏を入れる(二回目の裏打ち)
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9.付廻し(『切り継ぎ』とも言います。ここでやっと掛軸らしい形になります。)
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10.耳折り
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11.天地の寸法決め
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12.総裏の準備
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13.総裏を入れる(三回目の裏打ち)
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14.仮張り
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15.軸木と八双の準備
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16.軸木と八双の取りつけ
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17.座金(ざがね)と鐶(かん)の取りつけ
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18.紐の取りつけ
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19.完成
【注:風帯に関する工程を除けば、掛軸は大まかにはこのような工程を経て作られている、と思っていただいて大丈夫です(今回は風帯が付いていない形式の掛軸です。)】
次回は本編に戻って『増裏』という工程に入ります。